kaminisiのブログ

事実は小説より奇、もんじゅ西村殺ハラ裁判、JAEAの内実態

もんじゅ西村 殺ハラ 裁判Ⅴ 9月24日(火)10:00~東京地裁526号 傍聴のお願い

.もんじゅ西村 殺ハラ 裁判Ⅴ


日 時: 2024年9月24日(火)10:00~
場 所: 東京地裁  526号
訴訟名: 損害賠償請求
被 告: JAEA+ 田島元秘書
原 告: 西村
.もんじゅ西村 殺ハラ裁判Ⅴ  損害賠償請求とは殺人事件の証拠を意図的に紛失。
1995.12.08 高速増殖炉もんじゅNa漏洩事故発生
1995.12.22 JAEA(日本原子力研究開発機構)理事長は西村に
特命「もんじゅNa漏洩事故、そのビデオ隠し調査」を命じた
1996.1.12 自民党 橋本龍太郎政権発足、官房長官梶山静六
                    科技庁長官中川秀直
1996.1.12 20:50~22:05  科技庁で記者会見(安藤、渡瀬、西村)
1996.1.13 JAEAの大畑宏之理事がホテル非常階段付近で西村の俯せの
      遺体を発見、
     20:00科技庁長官中川秀直が弔問し遺体を確認に来た。
1996.1.22 遺体の損傷状態から他殺体、証拠保持必須と考え、葬儀に参列
      した新閣僚、国会議員に機構内の西村の机の封印を直訴した。


 直訴した封印机の中身を意図的に持ち出し、殺人事件の第一級の証拠を紛失。
 特命勤務拘束中に死亡、労務災害死に異論は無い。


. 西村変死事件の証拠は記者会見前後のJAEA内に存在し、
労務の災害死(殺人)に至った
特命負荷率の文書及び文書以外の物証等を要する労災死事件。
JAEAは西村変死事件の封印机内の証拠を紛失したと主張。
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*自由落下衝撃力 F= mgh=70・9.8・30=20580
  遺体に20580mghの衝撃の損傷は無かった。
  (センターホテル東京8階非常階段の高さ 30m、西村の体重70Kg)
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**死後経過時間
出典「検死ハンドブック」
   死後経過時間={(37.5℃-深部体温)÷0.83 }×0.7
西村の死後経過時間  = {(37-27)×0.83}×0.7=8.4
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 1996.1.12  22:05  科技庁での記者会見終了
(1996.1.12  23:00  法医学では西村は死亡していた計算になる)
 1996.1.13  6:50  聖路加国際病院Drが、
            西村の死亡確認、深部体温 27℃ 
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<写真>
 労災書類 JAEA 記載内容 (理事長は意図的に虚偽内容を記載し、労災妨害)
 ⑥災害の原因及び発生
 平成8年1月13日(土)早朝(東京駅発 午前6時半頃)
に敦賀へ出張する爲ホテル宿泊していたが、当日午前6時頃、
ホテルの非常階段わきの通路で倒れているのが発見された。
その後、近くの聖路加病院に移送されたが、死亡が確認された